5月24日、ホンダが2026年からF1世界選手権への復帰を発表したことは、皆様のご記憶にも新しいことでしょう。
自社製品の電動化への転換とF1の方向性の乖離を鑑み、2021年限りでの撤退に踏み切ってから2年あまり。ホンダが意を翻してF1復帰を決めた理由にして、2026年から『F1が目指すカーボンニュートラル』のポイントは、ズバリ100%再生可能燃料の導入にあります。
F1では2021年にバイオエタノール5.75%混合のE5燃料を導入し、2022年からは混合比10%のE10燃料が使われております。
参戦費用の高騰が問題化し、F1のルールでは2022年から2025年まで内燃エンジンを含むパワーユニット(PU)の開発は凍結されておりますが、再生可能燃料導入に伴ったエンジンの調整や改善を目的とした開発は許されております。
メルセデスやフェラーリ、ルノー、そして2021年限りで撤退はしたものの、実は名前を変えていまも2チームにPU技術を提供しているホンダの各PUサプライヤーは、今季もエンジンの信頼性向上、制御やエネルギーマネージメントの最適化に取り組んでおりますが、現行のE10燃料から100%再生可能燃料への移行となると、PU開発は調整や最適化のレベルに留まりません。
何より、2013年には1台あたり160kgだった燃料搭載量が2020年には100kgとなり、さらに2026年の新PUでは70~80kgに削減される見通しです。その燃料量で約544馬力を生み出す1.6リッターV6レイアウトのエンジン、それに476馬力をプラスするエネルギー回生システムを合わせたPU全体の開発は、メーカーにとって相当ハードな挑戦にして時間との闘いになること必至です。
前回紹介したル・マン24時間レースをふくむWEC世界耐久選手権で使われている燃料は、いかにもワイン大国のフランス西部自動車クラブが主催するレースらしく、ワインの製造過程で出るブドウの絞りかすが原材料として使われております。2026年からF1でメーカーごとに持ち込まれる再生可能燃料が、どのように製造されるのか、いまのところ明らかにされておりませんが、製造の工程が増え内容が複雑になるほど、作業時間やコストがかさむことだけは確かです。
30年ほど前、ホンダが2度目のF1挑戦をしていた頃、もちろん化石燃料100%の時代ですが、エンジンのパワーをより引き出すために燃料に様々な化学添加剤が混ぜられておりました。中には人体に悪影響を及ぼす物質が含まれていたこともありましたが、いまは規制が進み、危険な添加物は禁止されています。
それでも、コンマ1秒でも速く走り、成功を手に入れるために技術の限界に挑戦する、そのために採算度外視で開発を進めてきたのがF1というカテゴリーの歴史です。突飛なアイデアでレギュレーションの抜け道をみつけ、ライバルを出し抜き、技術を高めてきた側面があることも確かです。
ただ再生可能燃料の開発において、パワーそして技術を追求するあまり特異な解決策に走ることは、カーボンニュートラルの本質や意義に反する行為でしょう。またどんなに素晴らしい性能の燃料であっても、人々の手に届かなければ、社会的意味はありません。
開発競争を経ることで、2020年代半ば以降には一般でも使える100%再生可能燃料の製品化、またそれに対応する市販車用内燃エンジンの登場につながることがF1関係者の間でも期待されております。
その期待が実現するかどうか、私たちも見守っていこうではありませんか。
(次号につづく)