『トウモロコシ畑でつかまえて』
~モータースポーツにおけるSDGs~ 第3回

『トウモロコシ畑でつかまえて』~モータースポーツにおけるSDG’s~

モータースポーツ・ライター
段 純恵

前回ご紹介しました米国独自にして最大の人気を誇るモータースポーツ、ナスカー(NASCAR)ですが、2011年からガソリンにエタノールを15%配合したE15燃料が導入されました。アル・ゴア元アメリカ副大統領主演のドキュメンンタリー映画『不都合な真実』は2006年に公開されておりましたが、SDGsという言葉がまだ世の中になかった頃のことです。

①ナスカー第10戦リッチモンド
4月9日テネシー州リッチモンドでのナスカー第10戦。近年増えつつあるダートコース戦で繰り広げられたフォード・マスタング対トヨタ・カムリのデッドヒートにスタンドの観客も大興奮。
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自動車業界では 1996年末に世界初の量産ハイブリッド自動車『プリウス』が発売されたのを機に、環境に配慮したいわゆる『エコカー』と呼ばれる自動車が一般にも浸透いたしました。
モータースポーツ界でも、エンジンのダウンサイジングや人体に悪影響を及ぼす化学添加物てんこ盛りのハイパワー燃料の禁止など、環境に配慮する流れは’90年代以前からございましたが、ガソリン燃料を使わないモータースポーツとなると、太陽光パネルを屋根に搭載したソーラーカーによる耐久レースや大陸横断レースくらいのもので、参戦者たちのチャレンジ精神を押し出すイベント形態からして、プロフェッショナルの興行であるモータースポーツとは異なります。

そんななかで唯一例外だったのが、米国のフォーミュラカー・レース、インディカー・シリーズ(IndyCar Series)の前身にあたり、’90年代のアメリカンモータースポーツ界を牽引していたCART(Camp Car Auto Racing Teams)です。

詳細を述べ始めると連載5回分くらいになりそうなので極々簡単にご説明いたしますと、CARTではより無駄なく効率良くまた吸気の冷却効果がある燃料としてアルコール由来のメタノール燃料が使われておりました。
諸般の事情が積み重なった結果、リーグは分裂。その後の覇権争いの果て、2008年にCARTはインディカーに吸収合併されましたが、その後もアメリカン・オープン・ホイールの頂点レースでは、CART時代のまま、メタノール燃料が使用されておりました。

②インディ第2戦テキサス
今季最初のオーバルコース、テキサス戦はゴール間近まで周回ごとにトップが変わる展開に。100%再生可能燃料のパフォーマンスにレースを戦うドライバーたちも満足していた。
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ところが当時のジョージ・ブッシュ(子)政権が、原油高騰、農業振興対策の両面を鑑みた新しいエネルギー政策として、ガソリンの代替燃料となるトウモロコシ由来のバイオエタノールの生産を強く後押ししたことをきっかけに、インディカーでは米国モータースポーツ界における燃料改革のリーダーシップを発揮するべく、2006年シーズンからエタノールを10%混合したメタノール主体の燃料を導入。2012年からはエタノール85%にガソリン15%を混合したE85燃料が使われるようになりました。そして今年からはレース業界初の試みとして、エタノール主体の100%再生可能燃料が導入されております。

一方ナスカーでは、2011年の導入時から変わらず、いまも『Green E15』と名付けられた燃料が全クラスで使用されております。
エタノール100%になったインディカーの燃料と比べると、エタノール15%の割合はいかにも低く感じるかもしれません。

ですが、ナスカーが四輪市販車(ストックカー)の改造マシンを起源とするレースであり、各メーカーの車両の人気に直結するレースであること、また何よりエタノール15%という数値がふつうのガソリンスタンドで販売されているエタノール混合燃料と同じ比率であること、そしてファンにとって身近に感じるモータースポーツという存在意義を考えた時、ナスカーがインディカーのようにエンジン内部の部品や様々なコンピューター制御を特殊化し、分析、探求する『走る実験室』的な役割を負う必要はないのです。

③インディ500レース2回優勝の日本が誇るレジェンド。ドライバー、佐藤琢磨は今季オーバル戦のみの参戦。5月に行われるインディ500での活躍に注目。
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ちなみに『走る実験室』の代表格F1ですが、アメリカの動画配信サービスによるドキュメンタリータッチの番組の影響で、いま米国内での人気が上がっているそうです。ドキュメンタリーといっても制作側による恣意的な演出や側面の切り取りも多く、あれを実態と思われたらF1関係者もたまったものじゃないだろうなぁと私などは思いますが、2017年からF1の興行主となった米国のメディアグループにとってはしてやったり、というところでしょう。

ドライバーの力量よりもマシン性能の優劣が勝敗に大きく左右するF1が、圧倒的なパワーのマシンとそれを支配し操る人間同士の競い合いであるナスカーやインディカーレースを良しとしてきたアメリカのモータースポーツファンの間でどれだけ根付くのか、いまの人気が今後も続くのか、とても興味深いところです。

 

(次回に続く)
 

段 純恵(だん すみえ)/大阪府出身1964年生まれ
外資系銀行勤務を経た後、’90年からフリーランス・ライター活動を開始。 モータースポーツ専門誌を皮切りに、スポーツ紙、一般紙、自動車雑誌、企業HP等で活動。現在は自動車雑誌「ベストカー」本紙およびWebに世界耐久選手権(WEC)、国内スーパーフォーミュラ(SF) のレースレポート、インタビュー記事等を寄稿中。

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