『トウモロコシ畑でつかまえて』
~モータースポーツにおけるSDGs~第1回

『トウモロコシ畑でつかまえて』~モータースポーツにおけるSDG’s~

モータースポーツ・ライター
段 純恵

縁あってアメリカ穀物協会(以下、協会)のHP上で連載させていただくことになりましたが、正直、今でもビビッております。
というのも私、モータースポーツ一辺倒の取材歴30ン年。政治、経済、農業についての知識は一般平均を超えることはなく、出稿している媒体もいまでは自動車雑誌のみです。小学生にも理解できる文章を心がけてはきましたが、協会のWeb上に展開されている官庁の報告書か学術論文かというレベルの高いレポートの数々を前に、私なんぞお呼びでない!と頭を抱えておりました。しかしながら協会の浜本哲郎代表からいただいた「ご心配なさらずに」という励ましのお言葉に、私が関わってきたモータースポーツ界におけるSDGsの取り組みについてご紹介することがいつか何かのお役に立つことになるかもしれないと思い到り、怯みつつもご依頼をお引き受けした次第です。
前置きが長くなりましたが、さっそく本題に参りましょう。

都市部でのレース開催がFEの特徴のひとつ。22年のロンドン大会。
Copyright©Nissan Motor Co., Ltd. All Rights Reserved.

いまや国内外でSDGsの文字を見ない日はありませんが、『持続的な開発目標』の意味するところやその具体策のもろもろについて確たる認識を持つ人がどれくらいいるのか?となりますと、はなはだ心許ない気がいたします。と言いますのも20年ほど前、すでに多くの人々が『足』にしていたハイブリッドシステム搭載の自動車について友人たちに質問した時のこと、「なんやようわからんけどエコなんだよねー。そういえばプ○ウスを買った時、減税でお得やったわー」という答えがほとんどだった思い出がよみがえるからです。まぁ、自らハンドルを握る機会の少ない、握ったとしても近場のお買い物エリア限定の妙齢女子たちに訊ねたことが、そもそも偏っていたのですが。

ともあれ、国内の新聞テレビ等のマスコミが、自動車産業におけるSDGs、脱・炭素の救世主的存在として電気自動車(EV)押しであることは、皆様もご承知のことと思います。ただモータースポーツ界においてEVを取り巻く状況や反応は、市販車のそれとはまったく事情を異にしているのです。

2014年秋に誕生し今年10月には東京での開催が予定されている電気自動車の国際大会、フォーミュラE世界選手権(FE)ですが、FIA(世界自動車連盟)管轄の『世界選手権』タイトルを冠してはいても、フォーミュラカーレースの最高峰F1はもちろん、ル・マン24時間レースを擁する世界耐久選手権(WEC)と比べても、業界内における地位も人気も高いとはお世辞にも申せません。

FE誕生の背景や歴史をお話するだけでこの連載の3回分が余裕で吹っ飛びそうなので割愛しますが、9シーズン目に入っても未だ人気が超低空飛行の理由を突き詰めると『電気自動車だから』ということになりましょう。

車体部品のひとつであるディフューザーでダウンフォース(マシンを空気で押さえつける力)を得るシャシーデザインは、市街地レース専用マシンならでは。22年NY大会。
Copyright©Nissan Motor Co., Ltd. All Rights Reserved.

19世紀末のフランスで記録に残る四輪自動車のレースが始まって以来、モータースポーツといえば観る者の感性を刺激する音や臭い、超絶技巧のドライビングで千分の1秒を競うドライバーたちの無鉄砲に見える勇気、疾走するマシンの息詰まる接近戦などが魅力となってきました。いまもF1やWECの人気を支えているのは、そういった魅力に心をつかまれ憧れを抱くファンたちです。

その点、FEは音ナシ臭いナシ。参戦ドライバーのレベルも元F1ドライバーからステップアッパーまで玉石混淆で(ギャラがとても良いんだと、ある元F1ドライバーは言っておりました)、接戦というより接触の多い興醒めなレース展開も少なくありません。開催初年度から数年間、電池容量の問題でスタートからゴールまでの全力疾走が叶わず、他の四輪レースでは例を見ない、レース途中でマシンを乗り換えるという『荒技』が行われていたことも、FEからモータースポーツ本来の面白みを削いでいた感は否めません。

その後、技術の発達と電池の改良が進み、2018-19年シーズンからはマシンの乗り換えなしで1レースを走りきることが可能になりました。将来的には停車中や給電レーンを走行中のワイヤレス充電を可能とするシステムの導入や、人口知能(AI)が操る自動運転車のサポートレースの開催計画など、FEがモータースポーツにおける脱・炭素の夢を背負ったカテゴリーの一つであることは間違いありませんし、その夢に向かってFE関係者の努力は日々続いております。世に存在しなかった電気自動車によるレースが9年の時を経て業界に定着している事実は、FEという『新参者』がもはや当たり前の存在であり、将来の発展が期待されている証左に他なりません。

とはいうものの、ファンの人気やテレビ視聴率が伸び悩んでいる現状にはやはり厳しいものがあります。2016年末にWECから撤退し「これからはモータースポーツもEVの時代だ!」と大見得きってFEに参入したアウディは2021年いっぱいで、またFEで世界タイトルを獲得したばかりのメルセデスは2022年限りで、それぞれワークスチーム活動を終了しました。
FE参戦の費用対効果が思い描いていたものと違っていたこと、FEでの技術が市販EVの開発にさほど影響を与えず、また宣伝・広報面においてもさほど美味しいコンテンツではなかったことがその理由です。
メルセデスは自社のモータースポーツ活動を絶大な強さと人気を誇るF1に集約し、アウディも一旦WECへの復帰を発表した後、決定を翻して2026年からのF1参戦計画に舵を切りました。FEでEVの技術を磨くと言っていたけれど、結局は『EVやってます』のアピールでしかなかったのねと言えば意地悪が過ぎるかもしれませんが、もしそうだったとしても私は両社の考えを否定するつもりはありません。なぜなら自動車メーカーにとってモータースポーツ活動とは本質的にそういうものだからです。

それに自動車メーカーのモータースポーツ活動のすべてが、世間様にむけた印象操作や税金対策が目的でないことも私は知っています。自動車産業の将来を考え、社会に貢献する新しい技術、新しい挑戦が、FEを含めたモータースポーツの様々なシーンにおいて日進月歩で行われております。そのひとつがモータースポーツにおける再生可能燃料導入の取り組みなのです。
 
(次回に続く)

 段 純恵(だん すみえ)/大阪府出身1964年生まれ
外資系銀行勤務を経た後、’90年からフリーランス・ライター活動を開始。 モータースポーツ専門誌を皮切りに、スポーツ紙、一般紙、自動車雑誌、企業HP等で活動。現在は自動車雑誌「ベストカー」本紙およびWebに世界耐久選手権(WEC)、国内スーパーフォーミュラ(SF) のレースレポート、インタビュー記事等を寄稿中。

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