WEC世界耐久選手権の第4戦ル・マン24時間レース(以下ル・マン24H)は、1923年の誕生から100周年の記念大会にふさわしく、かつてないほどの規模で行われました。
32万枚のチケットは半年前の発売開始早々に即効で完売。仏スポーツ担当大臣を主賓とした招待客を含めた決勝レースの総観客数は32万5千人を超え、米NBAのスーパースター選手がフランス国旗を降りおろして始まった24時間レースは、58年ぶりに最高峰クラスに参戦したフェラーリの総合優勝で幕を閉じました。
前回ご紹介しましたように、ル・マン24Hは自動車の最先端技術を試す場として始まったレースです。再生可能燃料の導入にも積極的で、2022年シーズンからWECおよびル・マン24Hレースの参加車両はすべて100%再生可能燃料を使用しています。
面白いのは、今年からWECと米国IMSA両シリーズのハイパーカー(LMH)クラスのマシンは相互参戦が可能となり、WECに参戦する時はWEC用の100%再生可能燃料を、IMSAに参戦する時はIMSA用の85%再生可能燃料を使用することになりました。
今回のル・マンでは、IMSAに参戦しているキャディラック勢がE100燃料を使用するにあたり、ピットストップのたびにエンジンオイルを補給する必要に迫られ、その都度5~10秒をロスしたものの、結果は3位と4位の好成績を挙げ、マシン全体の完成度の高さとともに驚きを持って称えられました。
「オイル補給のために余計にかかった時間が、優勝したフェラーリと2位トヨタとの1周分の差になった。これは今後も磨き続けるべき課題だ」と、過去2度のル・マン総合優勝経験を持つキャデラック・チームのドライバー、アール・バンバー選手はレース後にコメントしました。言葉の裏を返せば、E85燃料用に開発されたエンジンでも適切な調整をさらに進めれば、E100燃料で戦うル・マン24Hでも優勝を狙えるということです。
いま街中を走っているガソリン自動車にエタノールを5%、10%配合したE5やE10燃料を入れても問題なく走りますが、より良い燃焼効率を求めるならば、エンジンに簡単な調整が必要です。ここ数年内に発売された新車ははじめから調整がされており、燃料扉に『E5』や『E10』のシールが貼ってあります。私がル・マン駅のレンタカー会社で借りたのもこのタイプの車でした。
なのですが、ル・マン市内のガソリンスタンド3箇所で、それぞれ10分間ほどみていただけの感想ではありますが、いわゆるレギュラーガソリンよりもリッターあたり0.05ユーロ(約7円)安いE5、E10の給油リグに進むドライバーはおらず、フランスでも再生可能系燃料の普及はまだまだこれから、という印象を受けました。
決勝スタート前日に行われたプレスカンファレンスで、ル・マン24Hを主催するフランス西部自動車クラブ(ACO)が2026年から水素エンジン車両の参戦を認めることと、トヨタが水素エンジンのコンセプトカーを発表したことは、ル・マンと自動車の将来に関わる話題として大いなる期待をもって世界に発信されました。
ただ、2026年のル・マン24Hで本当に水素エンジン車が最高峰クラスで優勝争いをすると思うか?と周りにいた海外の記者たちに訊ねますと、もちろん!という意見と、懐疑的あるいは自動車メーカーの大きな努力が必要という意見が半々くらいだったでしょうか。
F1取材時代から旧知の間柄で、ACOの情報にも詳しい仏モータースポーツ専門誌の記者は、「ACOは本気で水素エンジン車をル・マンに導入したいと考えてきた。それには自動車メーカーの協力は欠かせず、今回トヨタがコンセプトカーを発表したことでACOは水素エンジン車の導入に自信を深めた。でもトヨタは26年から水素エンジン車で参戦するとは明言していない」と指摘し、同じ雑誌の別の記者は「自動車の将来において水素エンジン車の開発が重要であることは間違いない。ル・マンで挑戦することも意義深い。ただ一般的なモビリティを考えた時、水素エンジン車はバスやタクシーには向くと思うが、自家用車としてはまだ課題が多いと思う」と自身の考えを述べていました。
フランスの記者がいうように、自動車の将来に水素エンジン車の研究開発は大いに重要かつ必要だと私も思います。しかしながら、水素の製造、運搬、販売などトータルパッケージで考えますと、水素が地球環境に優しいことは確かだとしても、一般的に利用されるにはまだまだハードルは高い。
フランスでも再生可能燃料の普及はまだ道半ばのようですが、普及への課題、燃料の改良や価格低下に取り組むことが、持続的な社会につながる現実的な一歩ではないかと、改めて考えさせられたル・マン24H取材でした。
(次号につづく)