『トウモロコシ畑でつかまえて』
~モータースポーツにおけるSDGs~ 第7回(最終回)

『トウモロコシ畑でつかまえて』~モータースポーツにおけるSDG’s~

モータースポーツ・ライター
段 純恵

これまで6回にわたり海外のモータースポーツにおける脱炭素および再生可能燃料の動向についてご紹介してまいりました。最後はいよいよ国内モータースポーツの現状についてお話しいたします。

日本でもプロフェッショナル・スポーツに位置づけられるトップカテゴリーを中心に、SDGsに向けた取り組みの一環として、再生可能燃料の導入や検討がなされております。しかしながら、その事実は一般にほとんど知られておりません。
レースにおけるSDGsが大いに喧伝されている海外とでは、モータースポーツの社会的地位や認知度が違い過ぎることもありますが、要因は他にもございます。

国内モータースポーツ最大の集客力を誇るのがスーパーGTです。
GT500とGT300の2クラスがあり、トヨタ、ホンダ、日産の国内3メーカーのワークスチームが鎬を削るGT500クラスで今季から海外燃料メーカーの第2世代再生可能燃料が一社供給されておりますが、その導入にあたっては、それぞれのエンジンとの適合性など、メーカー間での様々な調整が必要でした。

スーパーGTマシン集合写真。国内最高の観客動員を誇るモータースポーツ、スーパーGT。日本を代表する3メーカーが鎬を削る。GT500クラスは再生可能燃料を導入している。
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ここでおさらいになりますが、第1世代再生可能燃料とは現在既に世界中で広く利用されているトウモロコシを原料とするバイオエタノールのような燃料、第2世代再生可能燃料とは植物残渣や生ごみを原料とするバイオエタノールや、化石燃料を原料としない成分で構成する合成燃料などです。

一方、プライベートチームが国産ツーリングカーや海外のスーパーカーで参戦しているGT300クラスでは、もろもろの調整が難航したため、現時点でGT500クラスと同じ再生可能燃料は使われておりません。
またフォーミュラカーレースの国内最高峰スーパーフォーミュラでも、一昨年から再生可能燃料の導入が検討されているものの、具体的な時期の発表はまだありません。

進捗が停滞している事情はさまざまですが、どちらもいま使っているハイオク・ガソリンの10倍超えといわれる第2世代再生可能燃料の価格がネックになっていることは確かで、
「環境のためと言っても高価な燃料費を全額、チームでまかなうのは厳しい。参戦継続も怪しくなりかねない」とボヤく関係者は少なからずおります。
それにGT500で使われている第2世代燃料の臭いがいささかキツいこと、どんな材料でどのように作られているのかなど、詳細な情報が少ないことへの疑問もよく聞かれます。

再生可能燃料の導入そのものは賛成だが、もっと価格を抑えた、原材料がハッキリしている燃料があればいいのに。
これがGT500チームをふくむ国内のレース関係者のホンネだと思いますが、日本の燃料供給会社がレースで使用可能な高品質の再生可能燃料を販売していない以上、輸送費や日本到着後の保管費用などで割高になる、海外メーカーの燃料を使うしかありません。

モータースポーツは単に『スポーツ』というだけでなく、自動車や自動車で使われているモノや技術を世に知らしめる役割も担っております。しかしこと再生可能燃料について、日本のモータースポーツはその役割を果たしているとは申せません。
自動車のSDGsというと、電気自動車ばかりが取り上げられ、再生可能燃料を取り上げた記事を目にする機会はあまりございません。あっても合成燃料の話題がほとんどで、植物由来バイオエタノールを配合した第1世代燃料の話題を目にすることはかなり稀です。

また日本における再生可能燃料の存在感の稀薄さは、実際の燃料給油の現場をみても明らかです。
私自身、ふだん利用しているスタンドや出張先で利用する大手系列のガソリンスタンドで、フランスのル・マン市内で見たような『E10』や『E5』表示の給油機をまだ一度もみたことがございません。
きっとどこかにはあるのでしょうけれど、行き慣れた、或いはガソリン価格を少しでも抑えている店舗にE5、E10の給油機が設置されていなければ、自分の車がE10対応車種だとしても、エタノール5%や10%配合の燃料を試すチャンスは無きに等しいのです。

スーパーフォーミュラ スターティンググリッド。フォーミュラカーレースの国内最高峰、スーパーフォーミュラでも再生可能燃料の導入を検討中。早ければ24年には実現しそうだ。
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地球環境に優しいモビリティとはどういうものか。
大人そして未来の大人である子どもたちがいま共に取り組むべきこの問題を考えるとき、自動車をはじめとする乗り物とその燃料の製造や使用工程の一部だけを切り取って判断すると、道を間違えることになりかねません。
モータースポーツの現場で使われる再生可能燃料においても、いま第2世代燃料の流れが広がりつつありますが、国内のレース関係者が指摘したような課題や疑問の解消には至っておりません。『環境に良い』と印刷された包装紙に包まれた、しかし何でできているのかわからないお菓子を子どもたちにさぁお食べと勧めているような現状に、私個人はいささか危うさを感じております。

その点、第1世代の再生可能燃料は、トウモロコシなどの農作物が原材料で、高領域での燃焼効率が求められるモータースポーツ用燃料でも最小限の添加剤が加えられているのみと、その『出処』は非常にハッキリしておりますから、子どもたちに「これは環境に優しい燃料なんだよ」と堂々と説明できます。

「僕にはね、広いライ麦の畑やなんかで小さな子供たちがゲームをしているとこが目に見えるんだよ。あぶない崖のふちに立ってる僕の仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ」

J.D.サリンジャーの小説の一節です。危うい方向に走り出しそうな子どもをつかまえることは、本来すべての大人たちに求められる責務でしょう。
私がモータースポーツを通じて伝えたいことはいくつもございますが、大人でさえ混乱と戸惑いに翻弄されるSDGsの大波に子どもたちが呑まれないよう、自分の微々たる知見ではございましたが、お伝えできる機会に恵まれましたことに感謝し、この稿を終えたいと存じます。

(終)

 

段 純恵(だん すみえ)/大阪府出身1964年生まれ
外資系銀行勤務を経た後、’90年からフリーランス・ライター活動を開始。 モータースポーツ専門誌を皮切りに、スポーツ紙、一般紙、自動車雑誌、企業HP等で活動。現在は自動車雑誌「ベストカー」本紙およびWebに世界耐久選手権(WEC)、国内スーパーフォーミュラ(SF) のレースレポート、インタビュー記事等を寄稿中。

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