『トウモロコシ畑でつかまえて』
~モータースポーツにおけるSDGs~ 第2回

『トウモロコシ畑でつかまえて』~モータースポーツにおけるSDG’s~

モータースポーツ・ライター
段 純恵

日本でモータースポーツについて尋ねると、ほとんどの方がF1を思い浮かべるのではないでしょうか。特に中高年以上の方にとっては、最強と謳われたマクラーレン・ホンダ時代のセナ・プロ対決や、セナ事故死の悲劇をリアルタイムで知っているだけに、F1の存在感が際立っているように感じます。

とはいえ、F1を頂点におくフォーミュラカーレースだけがモータースポーツでもなければ、世界のモータースポーツのすべてがFIA(国際自動車連盟)管轄の欧州(&日本)型レースというわけでもございません。

ナスカーの聖地デイトナで開催される『デイトナ500』。三大カテゴリーの一つピックアップトラック・シリーズも大人気。 Copyright © 2023 NASCAR Digital Media, LLC. All rights reserved.

F1やル・マン24時間レースなど、ヨーロッパ型のレースは王侯貴族やブルジョワ階級のヒマと金に飽かしたスポーツを起源として発展してまいりました。大西洋を渡った向こうのアメリカでも、インディ500優勝2回の現役レジェンド、佐藤琢磨選手が参戦するインディカーシリーズや、ル・マン24時間レースと提携しているIMSAウェザーテックスポーツカー選手権などがこの系統に属し人気を博しております。一方で、実はアメリカにはインディやIMSAと同じかそれ以上の人気を誇るレースがあります。全米自動車競争協会(National Association for Stock Car Auto Racing)が統括するストックカーレース、ナスカー(NASCAR)です。

 

米国独自のモータースポーツであるナスカーは、毎年2月の開幕から11月の最終戦までほぼ毎週、全36戦、中西部や南部の州を中心に全米を転戦しています。マシンは四輪市販車に似せた純粋なレーシングカーに、いまや日本ではお目に掛かることも稀な5.8リッターOHV(オーバーヘッドバルブ)エンジンを搭載。GM、フォード、トヨタの3社が製造者部門でタイトルを争っておりますが、何より興味深いのは、ナスカーのトップカテゴリーにはピックアップトラックのクラスがあることです。

 

毎戦観客席はつねに満席。ナスカー人気の高さが伺える
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トヨタのモータースポーツ部トップとして日本、アメリカ、ヨーロッパの活動全般に関わってこられたK氏に伺った話ですが、アメリカではなんといっても市販車はピックアップトラック、モータースポーツはナスカー、それらで認められなければアメリカで本当に認められたことにはならないのだそうです。言われてみると確かに私が取材で訪れたオハイオ、インディアナ、テキサスの3州と大都会ニューヨークとでは、行き交う車のタイプと割合に歴然たる違いが見受けられました。実際アメリカでは、税制や保険の優遇があるにせよ、ピックアップトラックのほうがセダンより販売台数が多いのです。

 

「アメリカの免許取り立ての若者の傾向として、ピックアップトラックでダンスパーティに彼女を迎えに行くというのがイケてる男子のスタイルなんだそうです。セダンに乗っていると”スカしたヘナちょこ野郎”と見られるらしいんですね。アメリカはマッチョなタイプに”男の中の男”を感じる人がまだ多いのかもしれません」というK氏の説明に、私の頭にかつてテレビで流れていた、いかにも西部の男がハーレーダビッドソンに跨がり紫煙をくゆらせる姿に金髪ねーさんがウットリ、という米国の某タバコメーカーのCMの記憶がよみがえりました。

思い思いにレースを楽しむファン。
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西部開拓時代に憧憬の念を抱く人がいまの時代にどれくらいいるのか定かではありません。けれどナスカーの会場で熱心に、あるいは日光浴がてら、どころか「家にいても借金取りの電話がかかってくるだけだからここに来てるんだ(笑)」と、競り合うマシンに拳を振り上げて声援を送る人々を見ていると、トウモロコシや麦の広大な畑がどこまでも続く土地に育った彼らの身体には、大地を相手に汗水流して戦った先祖の魂が息づいているのだなと感じられたものです。

 

そんな彼らにとってクルマとは、家族と家財道具一式を乗せて移動する『幌馬車』の発展型であり、そのクルマを使って競うスポーツといえば、些細なバグで電気系トラブルを起こすハイテク機器満載のF1ではなく、市販車と同じ骨太のがっしりした外観に時速300㎞を超える圧倒的なスピードとパワーを全身で感じさせてくれるナスカーなのでしょう。

旧きアメリカを体現しているようなナスカーですが、時代の流れにも逆らうことなく、SDGsに沿った規定を迷わず取り入れるあたり、設立75年を数えるモータースポーツとしてのシブとさ、柔軟さを感じさせられます。
 
(次回に続く)

段 純恵(だん すみえ)/大阪府出身1964年生まれ
外資系銀行勤務を経た後、’90年からフリーランス・ライター活動を開始。 モータースポーツ専門誌を皮切りに、スポーツ紙、一般紙、自動車雑誌、企業HP等で活動。現在は自動車雑誌「ベストカー」本紙およびWebに世界耐久選手権(WEC)、国内スーパーフォーミュラ(SF) のレースレポート、インタビュー記事等を寄稿中。

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